
ドン・ペリニヨン 在庫リスト
オーヴィレール修道院訪問記|2008年11月、シャンパーニュ製法発祥の地を歩く
17世紀後半、この修道院の地下セラーで、
一人の修道士が「アサンブラージュ」と「頑強な瓶」を世界に遺した。
2008年11月、私はマルヌ川北岸の小さな村オーヴィレール(Hautvillers)を訪れた。シャンパーニュ地方の中心エペルネーから北へ約6km、ブドウ畑に囲まれた丘陵の村である。ここに ドン・ピエール・ペリニヨン(1638-1715)が約半世紀にわたって酒庫係(cellerier)を務めたサン・ピエール修道院がある。フランス革命で一度は解体されたが、19世紀にモエ・エ・シャンドンが買い取り、ブランドの精神的故郷として今に伝えている。

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)
銅像が見守る中庭
修道院の中庭にはドン・ペリニヨン修道士の銅像が立つ。台座には次のように刻まれている。
DOM PERIGNON 1638-1715
Cellerier de l'Abbaye d'Hautvillers
dont le cloître et les grands vignobles
sont la propriété de la Maison
MOËT & CHANDON
「オートヴィレール修道院の酒庫係。その回廊と大いなるブドウ畑はモエ・エ・シャンドン社の所有である」── 修道士の真摯な働きと、それを引き継いだメゾンの誇りが、簡潔に併記されている。

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)
地下セラーへ降りる
石造アーチ天井の地下セラーへ案内された。17世紀後半、ここでドン・ピエール・ペリニヨンが試行錯誤を重ねたまさにその空間である。「シャンパーニュの発明者」と語られることが多いが、実際の彼は発泡ワインを意図的に造ったわけではなく、当時起こりがちであった瓶内二次発酵を抑制しようと努めた。彼の真の功績は、異なる村のブドウを混醸する「アサンブラージュ」の概念を確立し、強度を増した瓶を採用し、白ワイン用にピノ・ノワールを丁寧にプレスする手法を磨き上げた点にある。

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)
シャンパーニュ地方の食文化──村の市場で
修道院見学のあと、村に近い市場を覗いた。シャンパーニュは「祝祭の酒」だが、その故郷ではごく日常的な食卓の主役でもある。大西洋から運ばれた新鮮な海産物が、内陸のシャンパーニュ村にも豊かに並んでいた。

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)

(2008-11-1 酒井 浩 撮影)
ドン・ペリニヨンを抜栓する時、私はこの市場の光景を必ず思い出す。地下セラーで時を待つ偉大なシャンパーニュと、すぐそばに広がる豊かな食材文化──そのふたつが共に、この土地に根を下ろしていた。
※ 本ページの修道院・市場写真は、2008年11月、当店の取材でオートヴィレール村を訪れた際に撮影したものです。
ドン・ペリニヨンとは|シャンパーニュの象徴・プレステージの代名詞
ドン・ペリニヨン(Dom Pérignon)は、シャンパーニュ最大手モエ・エ・シャンドン(現LVMHグループ傘下)が手掛けるプレステージ・キュヴェ。名はベネディクト会修道士ドン・ピエール・ペリニヨン(1638-1715)に由来する。マルヌ川沿いオーヴィレール村のサン・ピエール修道院で約半世紀にわたって酒庫係(cellerier)を務め、シャンパーニュ製法の体系化に決定的な役割を果たした人物である。
商標としてのドン・ペリニヨンは20世紀の創造。1921年の収穫を最初のヴィンテージとし、長期熟成を経た1936年に客船 SS ノルマンディー号でニューヨーク市場へ初リリースされた。発売以降、ドン・ペリニヨンは 「常にミレジム(収穫年表示)」「シャルドネとピノ・ノワールのほぼ半々のブレンド」「グラン・クリュ村を中心に最良区画のブドウのみ」 を一貫した原則として守り続けている。
ドン・ペリニヨンの歴史|修道士の真の功績と、ブランドの20世紀
修道士ドン・ピエール・ペリニヨン(1638-1715)
ベネディクト会修道士ドン・ピエール・ペリニヨンは、1668年から1715年に没するまでの約47年間、オーヴィレール村のサン・ピエール修道院で酒庫係を務めた。「シャンパーニュの発明者」と語られることが多いが、実際は 発泡を目的としていたわけではなく、むしろ当時の悩みの種であった瓶内二次発酵を抑制しようと努めた。
彼の真の功績は次の3点にある:
- アサンブラージュ(混醸)の概念の確立 — 異なる村・畑のブドウを組み合わせ、単一畑では到達できない複合性を追求した
- 強度を増した瓶の採用 — 二次発酵の圧力に耐える厚いガラス瓶を導入
- 白ワイン用にピノ・ノワールを丁寧にプレスする手法 — 黒ブドウから白ワインを造る技術を磨き上げ、ブラン・ド・ノワールの原型を作った
サン・ピエール修道院はフランス革命で解体されたが、19世紀にモエ・エ・シャンドンがこの史跡を買い取り、ブランドの精神的故郷として今に伝えている。
ブランドとしてのドン・ペリニヨン
商標としてのドン・ペリニヨンは20世紀の創造である。1921年の収穫を最初のヴィンテージとし、長期熟成を経た1936年、伝説の客船SSノルマンディー号でニューヨーク市場へ初リリースされた。以後、品質に満たない年にはリリースしないという厳格な姿勢を貫き、シャンパーニュ・プレステージの代名詞となっている。
テロワール|グラン・クリュ村のシャルドネとピノ・ノワール
ドン・ペリニヨンはモエ所有の厳選されたグラン・クリュ区画のシャルドネとピノ・ノワールのみを使用する。供給村は次の通り:
- ピノ・ノワール(モンターニュ・ド・ランス/ヴァレ・ド・ラ・マルヌ):オーヴィレール、アイ(Aÿ)、ブージィ(Bouzy)、ヴェルズネ(Verzenay)、マイイ(Mailly)など
- シャルドネ(コート・デ・ブラン):ル・メニル・シュル・オジェ、クラマン(Cramant)、アヴィズ(Avize)、シュイイ(Chouilly)など
比率は年により シャルドネ40〜60%/ピノ・ノワール40〜60% で変動するが、おおむね半々のバランスが保たれる。セラーマスターが毎年ブレンドを決定するアサンブラージュの芸術こそ、ドン・ペリニヨンの真骨頂である。
プレニチュード(Plénitudes)|時を重ねる三つの頂点
ドン・ペリニヨンを語る上で欠かせないのが、「プレニチュード(Plénitudes)」と呼ばれる多段階リリース体系である。同じヴィンテージのワインを、複数の熟成段階で世に送り出すという発想で、シャンパーニュ業界における長期熟成型キュヴェの新たな表現として強く受け入れられた。
| 段階 | 熟成期間 | 特徴 |
|---|---|---|
| P1(初回リリース) | 収穫から約 8〜9年 | 果実味の鮮度と緊張感、構造の完成度 |
| P2(第二の頂点) | 約 15〜20年 | テクスチャーの厚みと三次アロマの開花 |
| P3(第三の頂点) | 25年以上、時に 30〜40年 | 深遠な複雑さと長い余韻、伝説的稀少性 |
同じワインが時を経るごとに異なる相貌を見せる──「ワインは時とともに完成する」というメゾンの哲学を、最も明確に体現した仕組みである。
シェフ・ド・カーヴ|唯一の意思決定者
ドン・ペリニヨンには、ブレンド・熟成・リリース判断のすべてを統括するシェフ・ド・カーヴ(Chef de Cave)が存在し、その権限は極めて大きい。LVMHグループ傘下にあっても、シェフ・ド・カーヴが「リリースしない」と判断した年は、いかなる外圧があろうとそのヴィンテージは世に出ない。
リシャール・ジョフロワ(1990-2018)
28年もの長期にわたりドン・ペリニヨンの方向性を決めた人物。プレニチュードの体系を現在の形にまとめ上げ、ブランドの哲学を世界に発信したキーパーソン。1996年・2002年・2008年といった伝説的なヴィンテージは彼の手によるもの。
ヴァンサン・シャプロン(2019〜)
ジョフロワの後任として2019年に就任。それ以前はヴーヴ・クリコでシャンパーニュ醸造を担当していた。「酸の精密さ」「白亜質ミネラルの透明感」を重視する新世代のアプローチで、ドン・ペリニヨンを次のフェーズへと導いている。
ドン・ペリニヨンの味わい|力強さと繊細さの完璧な均衡
シャルドネとピノ・ノワールのバランスが生む力強さと繊細さの完璧な均衡。焼きたてのブリオッシュ、トースト、白い花、柑橘、アーモンド、ヘーゼルナッツの複雑なアロマに、繊細な泡立ちが口中を満たす。骨格は確かでありながら、決して重くならない──まさに「アサンブラージュの芸術」が到達する均衡の頂点である。
リリースから数年で第一の飲み頃(P1)を迎え、15〜20年の熟成で第二の飲み頃(P2)、さらに25年以上の長熟で第三段階(P3)へと変貌する。同じヴィンテージから三つの異なる相貌を引き出すことができる──これがドン・ペリニヨンの真髄である。
注目ヴィンテージ|近年の偉大な年
近年のドン・ペリニヨン注目ヴィンテージ:
- 1996年 — 高酸度と凝縮感を兼ね備えた歴史的グレートヴィンテージ。長期熟成のポテンシャルで伝説となっている
- 2002年 — 完璧な均衡。「ジョフロワ時代の頂点」とも称される
- 2004年・2008年 — クラシックなフィネスと長熟ポテンシャル。2008年は近年最高との評価も
- 2010年・2012年・2013年 — 現代的なスタイルへの移行期。エレガンスが際立つ
- 2015年以降のシャプロン体制ヴィンテージ(2015、2016等)— 「新時代のドン・ペリニヨン」として注目を集める
P2リリースとして最近世に出たヴィンテージにも注目したい。2008 P2 は同年のP1とは別物の表情を見せる完成度で、コレクター垂涎の的となっている。
ドン・ペリニヨンと文化|王室・映画・アート
王室の祝宴と特別ボトル
1981年、チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式では、1961年ヴィンテージのマグナムに特別な紋章があしらわれて供された。記念碑的ヴィンテージと記念碑的セレモニーの組み合わせは、ドン・ペリニヨンを世界中の王室・国家の祝典酒としての地位に押し上げた象徴的エピソードである。
ロゼ1959年と「ペルシア帝国2,500年祭」
ドン・ペリニヨン・ロゼ・ヴィンテージの最初のリリースとなった 1959年は、わずか 306本のみが生産された。このうち数本は、1971年にイラン国王モハンマド・レザー・パーレヴィがペルセポリス遺跡で催した「ペルシア帝国2,500年祭」のために注文され、伝説的な存在となった。市場で一般販売されなかったため、現存ボトルはオークションで天文学的な価格を呼ぶ。
『007』のジェームズ・ボンドが愛したシャンパーニュ
映画『007 ゴールドフィンガー』(1964年)でジェームズ・ボンドが語る台詞はあまりにも有名:
My dear girl, there are some things that just aren't done, such as drinking Dom Pérignon '53 above the temperature of 38 degrees Fahrenheit.
──「親愛なる君、世の中にはやってはいけないことがあるんだ。たとえばドン・ペリニヨン '53を華氏38度(=約3℃)以上で飲むこと、とかね」
007シリーズではその後も度々登場し、「スパイ映画の最高峰スパイが愛するシャンパーニュ」というブランド・イメージを決定づけた。
アートとのコラボレーション
近年はカール・ラガーフェルド、レディー・ガガといった同時代の文化人とのコラボレーション・ラベルや、アンディ・ウォーホル財団とのトリビュート・エディション(2010年、ウォーホル自身は1987年に逝去)を次々と発表。伝統と現代性を絶えず往復するブランドであり続けている。
ラインナップ|ヴィンテージのみ、ノンヴィンテージなし
ドン・ペリニヨンはヴィンテージのみを生産し、ノンヴィンテージは一切造らない。シャンパーニュ・プレステージで「全量ヴィンテージ」を貫くメゾンは極めて少ない。
ラインナップ全体
- ヴィンテージ・ブラン(通称「ドン・ペリ・ブラン」)— シャルドネとピノ・ノワールのアサンブラージュ。P1リリース
- ヴィンテージ・ロゼ(通称「ドン・ペリ・ロゼ」)— ピノ・ノワール比率が高く、力強くも上品な構造
- P2(プレニチュード2)— 同一ヴィンテージの15〜20年熟成リリース
- P3(プレニチュード3)— 25年以上の超長期熟成リリース、稀少性高い
- P2 ロゼ・P3 ロゼ— ロゼの長期熟成版(不定期リリース)
- コラボレーション・エディション— カール・ラガーフェルド、レディー・ガガ、アンディ・ウォーホル財団等とのラベル
同格生産者との比較|クリュッグ/クリスタル/サロンとの違い
シャンパーニュ・プレステージの代表格と並べて、ドン・ペリニヨンの個性を浮かび上がらせる。
- クリュッグ — マルチ・ヴィンテージ+小樽発酵による複雑性。ドン・ペリニヨンが「アサンブラージュとミレジムの芸術」なら、クリュッグは「異なる年と樽の複層化」
- ルイ・ロデレール「クリスタル」 — ロシア皇帝アレクサンドル2世への献上酒に発するエレガンスの極致。ドン・ペリニヨンより冷涼で透明感を強調
- サロン — ル・メニル・シュル・オジェ単一村のシャルドネのみ。「単一の純粋性」を究めた究極のブラン・ド・ブラン
ドン・ペリニヨンはこれらの中で「最もバランスが取れ、最も知名度が高く、最も普遍性のあるプレステージ・シャンパーニュ」として位置づけられる。プレニチュードによる三段階の表現は、他のメゾンが追随できない独自の概念である。
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