1993年 シャトー・カデ・ポンテ 赤ワイン















1993年のボルドー右岸は、生育後期から収穫期にかけて雨に悩まされ、20世紀後半の中では控えめな評価に落ち着いた年である。とはいえ、サンテミリオンの中心部にあたる石灰岩の高台では、水はけの良さが幸いし、収穫を丁寧に見極めた造り手からは、しなやかで清潔感のある赤ワインが生み出された。シャトー・カデ・ポンテもまた、その年らしい柔らかな仕立ての一本として仕上がり、以来33年をかけて静かに熟成し、尖りの取れた穏やかな古酒の姿を今に伝えている。
シャトー・カデ・ポンテ
シャトー・カデ・ポンテ(Chateau Cadet Pontet)は、フランス・ボルドー地方の右岸、サンテミリオン地区の中心である中世都市サンテミリオン村のすぐ北側、「カデ(Cadet)」と呼ばれる小高い丘の一角に畑を構える造り手である。カデの丘は、サンテミリオンの町を見下ろす石灰岩の台地の一部で、同じ丘の上には、サンテミリオン特別級(グラン・クリュ・クラッセ)に名を連ねるシャトー・カデ・ピオラ、シャトー・カデ・ボン、シャトー・スータールなど、産地を代表するいくつもの造り手が肩を並べている。カデ・ポンテはそのすぐ隣、いわゆる「カデ・グループ」の一員として、小規模ながらも産地の中心部にふさわしいテロワールに恵まれた畑を耕してきた。
サンテミリオンのアペラシオンは、1955年に独自の格付け制度が制定されて以来、およそ10年ごとに見直しが行われる稀有な仕組みを持ち、頂点にはシュヴァル・ブラン、オーゾンヌ、パヴィ、アンジェリュスといった第一特別級Aが、その下に第一特別級Bと特別級(グラン・クリュ・クラッセ)が並ぶ。シャトー・カデ・ポンテは特別級には名を連ねないものの、その隣接シャトーたちと同じ石灰岩・石灰粘土質の畑を分け合っており、「カデの丘」の地名を冠する造り手として、格付け上位のシャトーと同じ土壌を共有する希少な立ち位置にある。アペラシオン表記はAOCサンテミリオン(Appellation Saint-Emilion Controlee)を名乗る。
シャトーの歴史は19世紀にさかのぼり、当時のサンテミリオン村で有力だった小地主のひとつであったポンテ家、あるいはカデの丘に居を構えた同名の家系にその名の由来を持つとされる。20世紀に入ってからはいくつかの家系の手を経ながら、常に家族的な規模で運営されてきた小さな造り手であり、1993年当時も畑と醸造を家族が直接手がける、いわゆるプチ・シャトーの典型的な体制が続いていたと考えられている。近年では、事業継承の流れの中で近隣シャトーとの協業や、サンテミリオンの共同組合を通じた瓶詰め・出荷が行われるようになったとされ、小規模なりに、産地の中に静かに根を下ろし続けてきた。
畑はカデの丘の南向き・南西向き斜面を中心に、おおむね5ヘクタール前後の広がりを持つ小規模なものとされる。土壌は表層の石灰粘土と、その下に広がるアステリー石灰岩(Calcaire a Asteries)で構成され、同じ石灰岩層はシュヴァル・ブランやオーゾンヌの畑にも通じる、サンテミリオンを象徴するテロワールである。石灰岩の保水性はメルロに理想的な水分供給をもたらし、猛暑年でも果実がひからびず、冷涼な年でも十分な熟度に達しやすい、まさに「サンテミリオンらしさ」を宿す土地といえる。品種構成はメルロがおおむね70パーセント前後、残りをカベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンが分け合い、石灰岩に育つカベルネ・フランのしなやかな骨格が、メルロの果実味に清涼感を添える古典的な仕立てである。
醸造は伝統的な手法にもとづき、コンクリートタンクとステンレスタンクでの発酵ののち、オーク樽での熟成を経て瓶詰めされる。新樽比率は控えめに抑えられ、樽の風味で厚化粧をせず、石灰質土壌に由来するミネラル感と繊細な果実味を素直に映すスタイルが特徴である。生産量はおおむね年間2~3万本前後とされ、サンテミリオンの中でもとりわけ小ぶりな造り手にあたる。特別級シャトーの陰に隠れがちではあるものの、格付けシャトーと同じカデの丘の石灰岩を分け合う立地は、「産地の背骨を静かに支える一本」として、通好みの愛好家に密かに大切にされてきた造り手である。
味わいの特徴
品種構成はメルロ主体に、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンを合わせたサンテミリオン古典派のブレンド。若い頃はプラム、ブラックチェリー、赤い果実のジャムのようなふくよかな香りに、スミレやシャクヤクの花、石灰岩に由来する涼やかなミネラルが重なっていたと想像される。33年の熟成を経た現在は、果実味がプルーンやドライイチジク、コンフィのような凝縮した表情へと移り変わり、そこになめし革、腐葉土、シガーボックス、湿った石のニュアンスが穏やかに立ちのぼる。タンニンは完全に絹のようにほどけ、酸は静かに背筋を支え、余韻には枯葉と甘い樹脂を思わせる古酒特有の香りが長く残る。力で押すのではなく、石灰岩の冷たい手触りを感じさせる涼しい古酒の表情が印象的な一本である。
1993年という時代
1993年は、日本ではJリーグが華々しく開幕し、皇太子徳仁親王殿下と小和田雅子さまのご成婚が国民の話題を集め、細川連立政権の発足によって55年続いた自民党単独政権が終わりを告げた歴史的な年である。世界に目を向ければ、欧州連合(EU)が正式に発足し、南アフリカのマンデラ氏がノーベル平和賞を受賞するなど、冷戦後の新しい国際秩序が形を取り始めた頃にあたる。そんな激動の年に、サンテミリオンの静かな石灰岩の丘で瓶に閉じ込められた一本が、四半世紀を超える眠りののち、今ようやくその表情をひらこうとしている。
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