1991年 シャトー・ラトゥール 赤ワイン















1991年のボルドーは、4月20日から21日にかけての夜の霜で始まりました。地域によっては氷点下7~8℃まで冷え込み、芽吹いたばかりの新芽の多くが失われました。ジロンド河に近いポイヤックの畑は、川の水が冷気を和らげるため被害が比較的小さかったとされますが、それでもボルドー全体の収穫量は平年を大きく下回りました。夏は暑く乾いて推移し、霜を免れた房は順調に熟しました。一方で、霜の後に遅れて付いた二番実は熟度が足りず、9月末からの雨も重なって、どの房を摘みどの房を外すかという選果の厳しさが、そのまま品質の差になった年です。
シャトー・ラトゥール
シャトー・ラトゥール(Chateau Latour)は、ボルドー地方メドック地区のポイヤック村の南端、サン・ジュリアン村との境に位置します。境界を挟んだ南隣はシャトー・レオヴィル・ラス・カーズで、北にはシャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドとシャトー・ピション・バロンが並びます。1855年のメドック格付けで第1級に選ばれた4つのシャトーの一つで、同じポイヤックのラフィット、ムートン(1973年に昇格)とともに、この村の名声を支えてきました。
ポイヤックはジロンド河が運んだ砂利が厚く積もった丘の連なりで、水はけのよさと昼の熱を蓄える性質から、カベルネ・ソーヴィニヨンの銘醸地として知られます。村にはほかにも、シャトー・ランシュ・バージュ、シャトー・ポンテ・カネ、シャトー・グラン・ピュイ・ラコストといった格付けシャトーが並びます。その中でラトゥールは河にもっとも近い一角にあり、河の水が冬の冷気や春の霜を和らげる恵まれた位置にあります。
シャトーの名は、14世紀の百年戦争の時代、河口を見張るために築かれた砦「サン・モベールの塔」に由来します。いまラベルに描かれている丸い塔は、17世紀に建てられた鳩小屋で、砦そのものではありません。17世紀末にセギュール家がこの地を手にし、ラフィットと同じアレクサンドル・ド・セギュール、その子ニコラ・アレクサンドル侯爵のもとで名声を高めました。以後、その子孫であるボーモン家などが約250年にわたって所有を続けます。1963年に英国のピアソン・グループとハーヴェイズ・オブ・ブリストルが株式の大半を取得し、醸造所の近代化を進めました。1964年にはステンレスの温度管理タンクをいち早く導入し、ボルドーで話題となりました。1989年には英国のアライド・ライオンズが主要株主となり、1991年の収穫はこの英国資本のもとで行われています。現場を率いたのは、1987年から技術責任者を務めたクリスチャン・ル・ソメールとされます。1993年にフランスの実業家フランソワ・ピノーが買い戻し、以来ピノー家の投資会社アルテミスの所有です。1998年からはフレデリック・アンジェレールが社長を務め、2012年ヴィンテージを最後に、ボルドーの慣行だった先物販売(アン・プリムール)から撤退したことでも知られます。
畑は全体でおおむね90ヘクタール前後です。その中心がシャトーを囲む約47ヘクタールの「ランクロ(l'Enclos)」で、グラン・ヴァンはほぼこの区画のブドウから造られます。表土は厚い砂利、その下に粘土と泥灰土が広がり、乾いた年でもブドウの根に適度な水分を届けます。植えられている品種はカベルネ・ソーヴィニヨンが約8割と高く、残りをメルロと少量のカベルネ・フラン、プティ・ヴェルドが占めます。セカンドワインは1966年に始まった「レ・フォール・ド・ラトゥール」、さらにサードワインとして「ポイヤック・ド・ラトゥール」が造られています。
熟成には新樽を100%使い、おおむね18か月前後寝かせるのが基本とされます。ラトゥールは5大シャトーの中でもとりわけ骨格が強く、天候に恵まれない年でも安定した品質を保つことで知られてきました。1991年も、霜の影響が比較的小さかった河沿いの畑からグラン・ヴァンが造られ、この難しい年の成功例の一つとして評価されることの多い一本です。
味わいの特徴
品種構成はカベルネ・ソーヴィニヨンを主体に、メルロ、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドを合わせたものです。若い頃はカシスやブラックベリーの凝縮した果実に、杉やスミレの香り、引き締まった強いタンニンを備えていたと考えられます。35年の熟成を経た今は、果実の香りが干しプラムやブラックチェリーのコンポートへと移り、そこにシガーボックス、なめし革、トリュフ、枯葉、黒鉛のような熟成香が重なっていることが期待されます。ラトゥールらしい骨格は角が取れてなめらかになりながらも芯を残し、余韻には土の香りとほのかな甘みが長く続くことが期待されます。古酒ですので、飲む前日にはボトルを立てて澱を沈め、16~17℃前後で時間をかけて味わうのがよいでしょう。
1991年という時代
1991年1月に湾岸戦争が始まり、12月にはソビエト連邦が解体して、冷戦の時代が幕を閉じました。日本ではバブル景気の崩壊がはっきりと見え始め、6月には雲仙・普賢岳で大規模な火砕流が起きています。この春には新宿に東京都庁の新庁舎が完成し、街の風景も新しい時代へ移ろうとしていました。この年に生まれた方にとって、2026年は35歳を迎える節目にあたります。春の霜を越えて残った房から生まれた一本は、その年の天候を今も瓶の中に静かにとどめています。
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