1961年 シャトー・ベイシュヴェル 赤ワイン















1961年のボルドーは、5月下旬の霜などで結実が大きく損なわれ、収量が極めて少ない年となりました。7月は雨に見舞われたものの、8月は乾燥し、9月は温暖で日照に恵まれました。そのため、わずかに残った房は健やかに、十分に熟したと伝えられます。量が乏しかった代わりに得られた凝縮感こそ、この年が20世紀屈指の偉大なヴィンテージとして語り継がれる理由です。ベイシュヴェルにとっても1961年は優れた年の一つに数えられます。2004年の試飲では、色調は軽やかながら柔らかくエレガントな味わいと評され、高い評価を受けています。
シャトー・ベイシュヴェル
シャトー・ベイシュヴェル(Ch?teau Beychevelle)は、メドック地区サン・ジュリアン村の南部、ジロンド河口を望む地に建つシャトーです。1855年のメドック格付けで第4級に選ばれました。デュクリュ・ボーカイユ、ブラネール・デュクリュとともに、村の南側に位置しています。シャトー名は、かつてこの地を治めたエペルノン公に敬意を表し、河口を行く船が帆を下げたことを指す「Baisse-voile(帆を下げよ)」に由来するとされます。エチケットに描かれた帆船も、この逸話を今に伝えています。
サン・ジュリアンは、ポイヤックとマルゴーに挟まれた小さなアペラシオンです。ジロンド河が運んだ砂利が段丘を成し、その下に粘土や泥灰土の層が広がっています。水はけのよい砂利は日中の熱を蓄えて葡萄の成熟を助け、河口に近い畑は水面がもたらす穏やかな気候の恩恵を受けます。この村のワインは、ポイヤックの力強さとマルゴーの優美さの中間に位置づけられ、均整の取れた骨格と気品で知られます。レオヴィル・ラス・カーズ、レオヴィル・バルトン、レオヴィル・ポワフェレ、グリュオー・ラローズ、タルボといった名だたる造り手が並び、格付けシャトーがきわめて多く集まる村でもあります。
このシャトーの歴史は古く、1825年にはピエール=フランソワ・ゲスティエ(Pierre-Fran?ois Guestier)が取得しました。その後、19世紀末頃からアシル=フールド家が約1世紀にわたって所有したとされます。本ボトルのエチケットにも「Achille-Fould」の名が記されており、1961年のワインは同家のもとで造られました。1986年以降は保険グループGMFが筆頭株主となり、1989年にはサントリーが資本参加しました。2011年にはカステル・グループが50%を取得し、サントリーと50%ずつ持ち合う現在の体制が整っています。1995年から総支配人を務めるフィリップ・ブラン氏のもと、2016年には区画ごとにタンクを備えた新醸造所が完成しました。直近の2025年は、同シャトー史上2番目に少ない収量という試練の年であったと伝えられています。
畑の面積は約92.5haです。一部はジロンド河口沿いに広がっています。品種構成はカベルネ・ソーヴィニヨン52%、メルロー40%、カベルネ・フラン5%、プティ・ヴェルド3%とされます。セカンドワインは「アミラル・ド・ベイシュヴェル(Amiral de Beychevelle)」です。このほか、オー・メドックAOCの「レ・ブリュリエール・ド・ベイシュヴェル」も造られています。
醸造は、2012年から技術責任者を務めるロマン・デュクロン氏が担っています。グラン・ヴァンに使われるのは通常、収穫の約50%に限られ、厳しい選別が行われています。2025年ヴィンテージは、カベルネ・ソーヴィニヨン52%、メルロー43%、プティ・ヴェルド5%の構成で、新樽比率約50%の樽で18か月熟成させたとされます。1855年以来、第4級という格付けは変わっていません。本ボトルには赤字で「Mis en bouteille au ch?teau」のスタンプが押され、ネックにはボルドーのネゴシアン、メーラー・ベスのラベルが添えられています。これらの表記が、この一本の来歴を考える手がかりとなっています。
味わいの特徴
現在のベイシュヴェルは、カベルネ・ソーヴィニヨン約52%とメルロー約40%を軸に、カベルネ・フランとプティ・ヴェルドを補う構成とされます。ただし、1961年当時の正確な比率は確認されていません。若い頃はカシスやブラックチェリーの豊かな果実味に、スミレの花や杉、甘草のスパイスが重なっていたと考えられます。65年を経た今は、果実が干しプラムやドライチェリーの趣へと移り、なめし革、タバコ、枯葉、紅茶、トリュフ、森の下草といった熟成香が幾重にも立ち上ることが期待されます。2022年に開けられたボトルでも、中程度のボディで滑らか、革やタバコの香りがあったと記録されています。タンニンは溶け込んで絹のように細やかになり、穏やかに残る酸が全体を引き締め、静かで長い余韻へと続くことが期待されます。数日前からボトルを立てて澱を沈め、抜栓後は澱引き程度の短いデキャンタに留め、16~18℃前後でグラスの中の移ろいを追うのが望ましいでしょう。
1961年という時代
1961年4月、ソ連のガガーリンが人類初の有人宇宙飛行を成し遂げ、8月には東西を隔てるベルリンの壁が築かれました。日本では国民皆保険・皆年金制度が実現し、高度経済成長のただ中で暮らしの礎が整えられた年でもあります。世界が宇宙へと手を伸ばし、同時に分断へと揺れ動いたその年に摘まれた葡萄が、65年を経た今も瓶の中で息づいています。ワインとは、過ぎ去った一年の光と雨を、静かに今へ手渡す器なのかもしれません。
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