シャトー・オー・ブリオン 1991 在庫紹介|現物写真

1991年 シャトー・オー・ブリオン(赤・750ml)の現物をご紹介します。税込176,000円です。
ボルドー・グラーヴ地区の第1級、ペサック・レオニャンの名門です。ラベルには、金の線で描かれた館の図柄と「CRU CLASSÉ DE GRAVES」「1991」の文字が並びます。
キャップシールの天面には「CHATEAU HAUT-BRION・PESSAC」の刻印と「91」の年号があり、首元にもシャトーの館の絵が入っています。ラベルとキャップシールの状態は、どちらも良好です。液面は高く、コルクの状態もパーフェクトと酒井が確認しました。
今年で35年目になる1991年は、公式の記載によると、4月20日夜の霜で早く出た芽が壊滅し、一部の畑は約-7℃まで下がったと報じられています。霜を免れた枝に印を付けて先に別収穫し、そのワインがブレンドの基盤になったとのことです。
生産者については、1935年のクラレンス・ディロン家による取得から約90周年を記念して、2026年10月にパリのサザビーズでオークションが予定されていると伝えられています。
確認は酒井、確認日は2026年10月12日です。ご購入やご質問は、お気軽にお問い合わせください。
ヴィンテージと生産者のいま
1991年は公式によると、4月20日夜の霜で早く出た芽が壊滅し、一部の畑は約-7℃まで下がったとされています。7〜8月は高温乾燥、収穫期は高温多湿で、霜を免れた枝に印を付けて先に別収穫したワインがブレンドの基盤になったと伝えられています。
生産者では、2026年に版築造りの新ライブラリーが開館予定と紹介されています。また2026年10月には、パリのサザビーズでオークションも予定されていると報じられています。
シャトー・オー・ブリオン 1991 を知る専門店の解説 ・ 2,290字
1991年ヴィンテージ
1991年のボルドーは、4月20日夜の霜で始まりました。シャトーの記録によれば、早くに芽吹いた新芽は霜で壊滅し、一部の区画では気温が約-7℃まで下がったといいます。樹勢が戻ったのは5月末で、樹ごとに生育の段階が大きくばらつきました。7月から8月は高温で乾燥し、収穫期には蒸し暑い日が続きました。オー・ブリオンは霜を免れた枝に一本ずつ印を付け、その房を先に分けて摘み取りました。このワインがブレンドの土台になっています。収穫は9月24日から10月8日まで、瓶詰めは1993年夏、アルコール度数は13%です。厳しい年でしたが、シャトーは自らこのワインを「しなやかで熟し、深みのある構造」と記しています。
シャトー・オー・ブリオン
シャトー・オー・ブリオン(Château Haut-Brion)は、ボルドー市の南西に接するペサック村にあります。カタログ上の産地はグラーヴ地区、アペラシオンはペサック・レオニャンです。1855年のパリ万博でボルドーの赤ワインが格付けされた際、メドック以外の産地から第1級に選ばれたのはこのシャトーだけでした。ラフィット、ラトゥール、マルゴーと並ぶ第1級の座を今も保っています。道を挟んだ向かいには、同じ一族が所有する兄弟格のシャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンがあります。
グラーヴ(Graves)という地名は「砂礫」を意味します。その名のとおり、ガロンヌ川が運んだ小石と砂利が厚く積もった土地です。水はけのよい砂礫は日中の熱を蓄え、ブドウを穏やかに熟させます。同じ地区には、シャトー・パプ・クレマン、シャトー・オー・バイィ、ドメーヌ・ド・シュヴァリエ、シャトー・スミス・オー・ラフィットといった名だたる造り手が並びます。いずれも赤では骨格の確かさと香りの複雑さ、白では張りのある酸と熟成力で知られています。
シャトーの始まりは1525年にさかのぼります。この年、ポンタック家が婚姻によって土地を手にしました。1649年にはアルノー3世・ド・ポンタックが当主となり、その名を冠したワインは英国国王チャールズ2世の宮廷にも届けられました。ロンドンで生産者名を名乗って売られた、最初期の「銘柄ワイン」の一つとされます。1935年にはアメリカの銀行家クラレンス・ディロンが買い取り、以来ディロン家が所有しています。現場を率いたのはデルマ家の三代です。1923年からジョルジュ・デルマが支配人を務め、1960年前後に息子のジャン=ベルナール・デルマが跡を継ぎました。1991年の収穫も、このジャン=ベルナール氏の指揮によるものです。現在はディロンの曾孫にあたるロベール・ド・ルクセンブルク公子が、2008年からドメーヌ・クラレンス・ディロンの会長兼CEOを務めています。ディロン家による取得から約90周年を記念して、2026年10月にはパリのサザビーズでシャトー秘蔵品のオークションが予定されています。敷地内では、版築工法を用いた新しいライブラリーの建設も進んでいます。
畑の広さは約50〜53haです。砂礫層の下に粘土が広がり、この粘土の多さがメルロの比率を高める理由とされています。現在の赤ワインの植栽は、メルロ約45%、カベルネ・ソーヴィニヨン約44%、カベルネ・フラン約10%、プティ・ヴェルド約1%です。周りを住宅地に囲まれた畑は周辺より気温がやや高く、収穫が早まる傾向があるといわれます。白ワイン用の畑は約3haで、セミヨンとソーヴィニヨン・ブランがほぼ半分ずつ植えられています。セカンドワインはかつて「バアン・オー・ブリオン」と呼ばれていましたが、のちに「ル・クラランス・ド・オー・ブリオン」へ名前が改められました。
醸造では、区画ごとに分けて仕込んだワインを、時間をかけてブレンドしていきます。熟成には新樽を高い比率で使うとされ、生産量は第1級の中でも少ない部類です。1855年の格付けに加え、1953年に始まったグラーヴの格付けでも赤ワインの格付け銘柄に名を連ねています。
味わいの特徴
1991年のブレンドは、メルロ61%、カベルネ・ソーヴィニヨン37%、カベルネ・フラン2%とされています。メルロの比率が高く、この年のしなやかさはそこから生まれたと考えられます。若い頃は、カシスやブラックチェリーの果実味に、オー・ブリオンらしい焼けた小石や葉巻の香りが重なっていたでしょう。35年を経た今は、果実の香りが干しプラムや無花果へと移っていることが期待されます。そこに、乾いたバラの花びら、なめし革、トリュフ、枯葉、紅茶葉、腐葉土のような熟成香が幾重にも現れることが期待されます。グラーヴ特有のスモーキーさと、わずかなシガーボックスの香りも残っていることが期待されます。タンニンは溶け込んで細かくなり、酸は控えめながら全体を支え、土っぽさと甘やかな香りが静かに長く続く余韻が期待されます。抜栓は飲む1時間ほど前を目安に、デキャンタは澱を分ける程度にとどめ、16〜17℃前後で味わうとよいでしょう。
1991年という時代
1991年1月に湾岸戦争が始まり、12月にはソビエト連邦が解体して、冷戦の時代が終わりました。日本ではこの年からバブル景気の崩壊がはっきりし始めます。6月には雲仙・普賢岳で大規模な火砕流が起き、人々の記憶に深く刻まれました。世界の形も、暮らしの前提も大きく揺らいだ一年です。この年に生まれた方にとって、2026年は35歳を迎える節目にあたります。春の霜を越えて残った房から生まれた一本は、その年の天候を今も瓶の中にとどめています。ワインとは、過ぎた一年をもう一度味わうためのものなのかもしれません。
状態の記録を全部見る(確認者・確認日つき)
| 銘柄/ヴィンテージ | 1991年 シャトー・オー・ブリオン 赤ワイン 1991(Chateau Haut Brion) |
|---|---|
| 商品コード | 7900583 |
| 容量 | 750ML |
| ラベル状態 | 良好 |
| キャップシール | 良好 |
| 確認者/確認日 | 酒井/2026-10-12 |








